運動後に「乳酸が溜まってる」と言う言葉を聞いたことはありませんか?
この表現は、乳酸=疲労物質、筋肉痛の原因というイメージから来ていると推定します。
しかし、一方でこの表現、実は正確とは言い難いのです。
この正体と、筋肉や呼吸との関係を、わかりやすくお話ししていきます。
1. そもそも乳酸って何?

乳酸(Lactic acid)は、私たちの体がエネルギーを作り出す過程で生まれる代謝産物のひとつです。
特に「解糖系」と呼ばれる、ブドウ糖(グルコース)を分解してエネルギー(ATP)を作る仕組みの中で関与しています。
この解糖系は、酸素があってもなくても働く代謝経路です。
グルコースから生まれた「ピルビン酸」がミトコンドリアで使われ、エネルギーを生成します。
しかし酸素が不足するような激しい運動中には、ピルビン酸がミトコンドリアで使われず、代わりに乳酸へと変換されます。
つまり、乳酸は「酸素が足りないときのエネルギーづくり」で、ピルビン酸から作られる副産物なのです。
2. 作られた乳酸はどうなる?
運動中などに体内で作られた乳酸は、そのまま溜まっていくわけではありません。
実は、私たちの体にとって“再利用できるエネルギー源”でもあるのです。
乳酸は、筋肉から血液中に放出され、心臓・肝臓・脳など他の臓器に運ばれます。
肝臓では乳酸が再びブドウ糖に戻されることで、再びエネルギーとして利用されます。
心筋と脳の神経細胞は乳酸をエネルギー源として利用していることが判明しています。
また筋肉自体でも遅筋での乳酸の利用が示唆されています。
Gladdenらは運動中の安定状態(steady-state exercise)において筋肉自体が乳酸を取り込み、酸化してエネルギー源として利用することを論じています。
特に、酸化性線維(遅筋)はこの能力が高く、トレーニングによって乳酸取り込みがより促進されると述べています。
つまり乳酸は、いわば「一時的に姿を変えた燃料」のようなものなのです。
このように、ただの疲労物質ではなく、体内を循環しながら再利用されるエネルギー資源として働いています。
3. ではなぜ乳酸に悪いイメージがついたのか?
乳酸=疲労の原因物質だとイメージされる方は多いのではないでしょうか。
このイメージの元になっているのは、20世紀初頭の研究です。
当時の研究では、激しい運動をした直後の筋肉に乳酸が多く存在していることが確認されました。
そのため「疲労=乳酸が溜まるせい」という考えが広まりました。
しかしこれは、因果関係の誤認によるものでした。
実際には、上述したように酸素が不足した状態で体がエネルギーを作る過程で結果として作られていただけです。
乳酸そのものが筋肉をダメにしたわけではございません。
さらに、乳酸が酸性であることから「体を酸性にして筋肉を働かなくする」という誤解も加わり、長年にわたって“疲労物質”のレッテルが貼られてきました。
Fergusonら(2018)は酸性化の原因は加水分解に伴う水素イオンの蓄積が主因であると整理されています。
つまりこのイメージは、科学的根拠に基づくというよりも、仮説から生まれた誤解だったのです。
4. では筋肉はなぜ疲労するのか?
では、筋肉の疲労や筋肉痛はなぜ起こるのでしょうか?
まず、筋肉の疲労は複雑な要因が重なることで起こります。
具体的には——
- 筋肉内のエネルギーが不足する
- 水素が増えることにより酸性化する
- カルシウムイオンの乱れ(神経筋接合部のトラブル)
など、代謝、ミネラル、神経の乱れが複雑に絡み合うことで起こると考えられます。
また筋肉痛は酸性化や血流不足、そして筋肉の損傷が原因です。
筋肉の修復過程で炎症が起こり、痛み物質が産生される為、痛みが出現します。
翌日に筋肉痛が増強する理由は、時間が経過してから筋肉の修復に入るためです。
5. IMTは乳酸蓄積を抑制するんじゃないの?
ランナーの記事で、IMTが乳酸蓄積させないことについて記載しました。

これは、IMTによって吸気筋が強化され、酸素摂取量が増え、筋肉の酸素不足に陥りにくくなるためです。
これにより、無酸素的な代謝に頼らずに済むため、呼吸筋自体の乳酸産生が減るのです。
6. ちなみに食べ物の乳酸と何が違うの?

ヨーグルトや漬物に含まれる乳酸と、筋肉で生まれる乳酸は、名前も化学構造もほぼ同じです。
単純に“作った生き物”が違います。
- 食品中の乳酸 → 乳酸菌が糖を分解して作る
- 体内の乳酸 → 筋肉細胞が糖を分解して作る
目的も環境も違いますが、人間の体にとってどちらも自然な物質です。
6. まとめ
かつて疲労物質として誤解されていた乳酸。
しかし現代の科学は、乳酸は燃料であり、運動のパートナーであることを示しています。
仕組みを正しく理解すること。それこそが、健康にもパフォーマンスにもつながる第一歩です。
- Gladden LB. Muscle as a consumer of lactate. Med Sci Sports Exerc. 2000;32(4):764–771.
- Ferguson, B. S. Lactate metabolism: historical context, prior misinterpretations, and current understanding. Eur J Appl Physiol. 2018 Apr;118(4):691-728.