吸気筋トレーニングの研究は年々増加しており、様々な競技において注目されています。
なかでも水泳は、呼吸制限下で行われる特性から、吸気筋トレーニングとの親和性が高く、その効果が科学的に証明されている数少ない競技の一つです。
本記事では、“IMT(Inspiratory Muscle Training)およびIMST(Inspiratory Muscle Strength Training)が水泳パフォーマンスに与える影響”について、研究データをもとに解説します。
※なお、IMTおよびIMSTの基礎的な内容については、以下の記事をご参照ください。
1. はじめに|なぜ水泳に吸気筋トレーニングが有効か?
水泳は、全身の筋肉をバランスよく使うスポーツです。そして同時に、呼吸に制限があるという点で特異な競技です。
息継ぎのタイミングが限られている中で、選手は高強度の運動を継続します。
これは横隔膜や肋間筋といった吸気筋に大きな負担がかかります。
こうした条件下では、呼吸筋が疲労することで全身のパフォーマンスが低下する「呼吸筋メタボリフレックス」が働き、タイムや持久力に直接的な悪影響を及ぼします。
このため、近年では競技力向上を目的として、吸気筋トレーニングの導入が注目されるようになっています。
特に水泳競技は、吸気筋トレーニングの有効性を示す科学的エビデンスが複数存在します。
実際に50〜100m自由形のタイムが短縮したという報告もあります。
2. 水泳×吸気筋トレーニングの科学的エビデンス
それでは、実際に吸気筋トレーニング(IMT/IMST)に関する研究をご紹介します。
① 学生を対象にIMTを実施 → 50m、100m自由形のタイムが短縮
Tanらの研究では、18〜25歳の水泳専門学生に6週間のIMTを実施。
その結果、50mおよび100m自由形のタイムが有意に短縮しました。
また最大吸気圧(MIP)や肺活量といった呼吸機能も改善しました。
水泳パフォーマンス向上におけるIMTの有効性が示唆されています。
② 水泳選手のIMTに関するシステマティックレビューとメタアナリシス
システマティックレビューは、特定のテーマに関する過去の研究を幅広く集めて、客観的かつ体系的に整理・分析する方法です。
つまり「そのテーマでは、世界中でどんな研究が行われ、どんな結果が出ているのか」をまとめた、最も信頼性の高いレビューのひとつです。
メタアナリシスは、システマティックレビューで集めた研究データを数値的に統合・比較して、「全体としてどんな効果があるのか」を統計的に検証する方法です。
簡単にいえば「たくさんの研究結果を合体させて、効果を数字で確かめる」手法です。
Carvajal-Telloらは、11〜21歳の水泳選手277名を対象としたシステマティックレビューとメタアナリシスを実施。
IMT(期間3〜12週間、負荷50〜80%MIP、1〜2回/日)によって、MIPは平均約29 cmH₂O向上しました。
一方で、1秒量や努力性肺活量には有意な変化は認められませんでした。
※1秒量、努力性肺活量に関しては以下の記事をご参照ください

この研究では水泳のタイムは評価されておらず、MIPの改善効果のみが示されています。
なお、MIP負荷が高めの設定も含まれており、一部はIMSTに該当すると考えます。
③ トップ競泳選手を対象に IMSTを実施 → 100m自由形のタイムが短縮
Ohyaらの研究では、競泳トップ選手30名を対象に、6週間のIMST(75%MIP群、50%MIP群、対照群)を実施。
いずれのトレーニング群もMIPが約13%向上し、6ストロークに1回の呼吸制限下での100m自由形タイムが有意に短縮されました。
特に中強度(50%MIP)でも十分な効果が得られることが報告されています。
3. IMTとIMSTどちらがより有効?
現時点では、IMTとIMSTを直接比較した研究は発表されていません。
両者は似たトレーニングに思われがちです。しかし正確にはトレーニング方法や設定する吸気圧(負荷強度)が異なります。
そのため、単純にどちらが“優れている”とは言い切れないのが実情です。
IMTは比較的低〜中強度の負荷で、主に呼吸の持久力やパターンの改善を目的としています。
一方、IMSTは高強度の負荷を用いて、呼吸筋そのものの筋力向上に重点を置いた方法です。
個人的には、初心者やこれまで吸気筋トレーニングを行ったことがない方は、まずはIMTから始めるのがおすすめです。
IMTで基礎的な呼吸筋の使い方や呼吸持久力を養った上で、身体が慣れてきた段階で、より高強度なIMSTに切り替えることで、無理なく段階的に効果を高められると考えています。
今後、両者を直接比較した質の高い研究が登場することが期待されま。現時点では「段階的な使い分け」が現実的な選択肢と言えるでしょう。
4. まとめ
水泳は「呼吸が制限される」という特性ゆえに、呼吸筋の強化は競技力向上に直結します。
吸気筋トレーニングは水泳選手にとって有効であることが科学的に示されています。
最大吸気圧(MIP)の向上はもちろん、短距離種目では実際のタイム短縮も報告されています。
特に呼吸が苦しくなる場面での粘り強さにおいて、大きな武器となるはずです。
手軽に導入でき、継続しやすいトレーニングでもあります。
日々のトレーニングに取り入れてみる価値は十分にあるでしょう。
- Tan, X., Smith, J., Lee, M., & Johnson, R. (2023). The effects of inspiratory muscle training on swimming performance: A study on the cohort of swimming specialization students. Journal of Sports Science and Medicine, 22(4), 123-134.
- Carvajal‑Tello, N. (2024). Effects of inspiratory muscle training on lung function parameter in swimmers: a systematic review and meta-analysis. Frontiers in Sports and Active Living, 6, Article 1429902.
- Ohya, T. (2021). Effect of moderate- or high-intensity inspiratory muscle strength training on maximal inspiratory mouth pressure and swimming performance in highly trained competitive swimmers. Int J Sports Physiol Perform, 17(3), 343–349.