「呼吸筋」というものを聞いたことがありますか?
「人間は呼吸(息)を勝手にしている」
そう考えている方は多いのではないでしょうか。
実は我々が意図せず行っている「呼吸」は「呼吸筋」を使っています。
そして筋肉であるため“鍛える”ことができるのをご存じですか?

アスリートの間では、近年“呼吸筋トレーニング”が注目されており、 競技力向上や疲労回復、集中力維持などに役立つとして、導入する選手が増えています
本記事では、「呼吸筋って何?」「なぜ鍛える必要があるの?」という疑問に対して、 呼吸器内科医の視点からわかりやすく解説していきます。
1. 呼吸筋ってなに?知られざる“呼吸のための筋肉”
「筋トレ」と聞くと、腕や脚、腹筋などをイメージしますよね。
でも、私たちは“筋肉”を使って呼吸しています。
その中心となるのが「呼吸筋(こきゅうきん)」と呼ばれる筋肉群です。
主なものは以下の通り:
- 横隔膜:胸とお腹の境目にある、呼吸の主役となる筋肉
- 肋間筋:肋骨の間にあり、胸郭の広がりをサポートする筋肉
- 補助呼吸筋:首(胸鎖乳突筋や斜角筋)や背中(広背筋)など、強い呼吸が必要な時に働く筋肉
特に横隔膜は「呼吸の主力エンジン」。 深呼吸や激しい運動をするとき、この筋肉が大きく働いています。
たとえば深呼吸をしようとした時に、意識的に呼吸をできますよね?
呼吸筋は、 自分の意識で動かすことができ、また無意識下でも自律的に動くことができる2面性を持った筋肉なのです。

呼吸筋はれっきとした「随意筋(鍛えられる筋肉)」でもあるのです
2. 呼吸筋が疲れると、運動パフォーマンスは落ちる?
では、この呼吸筋が疲れてしまうとどうなるのでしょう?
実は、長時間の有酸素運動や高強度のトレーニングでは、呼吸筋も“筋疲労”を起こします。 これを「呼吸筋疲労(Respiratory Muscle Fatigue)」と呼びます。
呼吸筋が疲れると、以下のようなことが起こります:
- 呼吸が浅く・速くなり、酸素の取り込み効率が低下
- 呼吸にエネルギーを多く使うようになる(=他の筋肉へのエネルギー供給が減る)
- 「呼吸筋メタボリフレックス」により、脚など末梢筋への血流が制限される
つまり、呼吸筋の疲労は間接的に全身パフォーマンスを下げてしまうのです。
最近の研究では、呼吸筋トレーニング(IMT)を導入することで、 この呼吸筋疲労を遅らせ、結果として運動持久力が向上することが報告されています。
3. アスリートの間で広がる“呼吸筋トレーニング”とは?
呼吸筋が疲れるとパフォーマンスが落ちる―― この事実を裏付ける研究が増えてきたことで、呼吸筋を鍛える“IMT(Inspiratory Muscle Training)”というトレーニングが注目されるようになりました。
IMTは、吸う息に対して負荷をかける専用のトレーニング方法です。 これによって横隔膜や肋間筋を強化し、呼吸の効率と持久力を高めます。
代表的な呼吸筋トレーニング器具としてPowerBreathe(パワーブリーズ)があります。
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呼吸筋トレーニングの効果
具体的な効果として以下のことが報告されています:
- 最大吸気圧(MIP:Maximum Inspiratory Pressure)の向上
- 運動中の呼吸困難感の軽減
- 最大酸素摂取量(VO2max)の改善
- 高地や暑熱環境下での耐性向上
特に持久系スポーツ(マラソン、サイクリング、競泳など)では、 呼吸筋のトレーニングが「省エネ」に繋がり、長時間のパフォーマンス維持に貢献します。
ただし、対象者の特性やトレーニングの強度・期間によって得られる効果が異なる場合があるため、注意が必要です。
4. 呼吸筋トレーニングの効果はスポーツだけじゃない?
呼吸筋トレは、スポーツパフォーマンス向上にとどまらず、日常生活の質(QOL)改善にもつながります。
呼吸筋トレーニングの幅広いメリット
- 姿勢改善:呼吸と体幹は深く関係し、横隔膜は姿勢の安定に影響する可能性がある
- 睡眠の質の向上:深い呼吸がしやすくなり、寝付き・睡眠の深さに影響
- 自律神経の調整
喘息、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、間質性肺炎などの呼吸器疾患に対する呼吸リハビリの一環としても活用されており、 一般の人にも応用可能な「健康トレーニング」として注目されています。
5. まとめ:呼吸筋は“あとまわし”にしてはいけないトレーニング領域
筋トレやランニングはしていても、「呼吸筋トレーニング」まで取り入れている人はまだ少数派かもしれません。
しかし、呼吸はあらゆる運動の“土台”であり、 その要である呼吸筋の状態によってパフォーマンスは左右されます。
アスリートであれ、健康意識の高い人であれ、 呼吸の質を高めることは“身体の機能全体を底上げする”アプローチなのです。
気になる方は、呼吸筋トレーニングを日常の運動に取り入れてみてください。