2024年度から本格的に始まった「医師の働き方改革」。
これは、長時間労働が常態化していた医師の勤務実態を見直し、持続可能な医療提供体制を築くための国の大きな制度改革です。
2019年から始まった働き方改革関連法から5年遅れて開始されました。
同じタイミングでドライバーと建設業にも時間外労働の上限規制が適用されました。
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医療経営士3級試験では、最新の医療政策に関する理解が求められます。
今回は「医師の働き方改革」について、解説を交えながら整理していきましょう。

私がもう少し勉強しておけばよかったと感じた出題範囲を解説しています
この記事では以下の項目に関してそれぞれ説明しています。
〈まとめ〉|これだけは覚えておいた方がいい!
・2024年から医師・建設業・ドライバーの働き方改革が導入された
・原則として残業時間の上限は年960時間/月100時間未満、特例では年1,860時間/月100時間未満
・特例を設けるために、医療機関ごとにA・B・Cの水準が設けられた
・勤務間インタバールとして24時間以内に9時間、46時間以内に18時間の連続した休憩時間が必要。万が一休憩時間が取れない場合は代償休息を別で取得する必要がある
・勤務内容(例:寝当直)によっては、宿日直業務が残業時間から除外される宿日直許可制度を病院側は申請できる
・自己研鑽は上司の明示または黙示の指示がある場合は、労働時間に該当する
それでは各項目について説明していきます。
1. 医師の働き方改革の背景と目的
これまで多くの医師が週80時間を超える勤務に従事し、過労死ラインを超える勤務が黙認されていました。
長時間労働は、医師の健康や安全だけでなく、医療の質や安全性にも悪影響を及ぼすと指摘されています。
2023年には、週48時間を超える勤務や24時間以上の連続勤務が、医療ミス、予防可能な有害事象、さらには致命的な有害事象のリスクを有意に増加させるという研究結果が明らかにされました。
特に週60〜70時間の勤務では、医療ミスのリスクが2.36倍、致命的な有害事象のリスクが2.75倍に高まると報告されています。
そこで国は「医師の働き方改革」によって、
- 医師自身の健康を守ること
- 医療の質を維持しつつ持続可能な体制をつくること
を目的とし、勤務時間の上限設定や地域・診療科特例の整備を進めてきました。
2. 医師の働き方改革の基本構造
医師の働き方改革の制度設計において押さえておくべき主要なポイントは、時間外・休日労働時間の上限設定、医療機関の水準分類、そして勤務間インターバル・代償休息の3つです。
2-1. 時間外・休日労働時間上限の設定
以下のように、時間外・休日労働時間の上限値が設定されました。
- 原則:年960時間/月100時間未満
- 特例:年1,860時間/月100時間未満
→ 地域医療確保のために必要と認定された医療機関(B水準、C水準)
2-2. A・B・C水準の分類
水準 | 説明 | 対象医療機関 |
---|---|---|
A水準 | 年960時間以内に収める | 原則すべての医療機関 |
B水準 | 特例で最大1,860時間まで可能 | 地域医療確保のための機関 |
C水準 | 研修医・専攻医の教育目的 | 指定された研修病院等 |
B水準は、地域の救急医療体制の維持において重要な役割を担う医療機関に適用されます。
C水準は医師の育成を目的とした研修機関に対して設けられています。
これらの水準認定を受けるには、医療機関勤務環境評価センターに対して各医療機関が申請を行い、審査・認定を受ける必要があります。
2-3. 勤務間インターバル・代償休息について
医師の過重労働を防ぐため勤務間インターバルの確保が義務づけられました。
これは連続勤務の後に、一定時間の休息(インターバル)を取ることを定めたものです。
このルールには、次の2つの基準があります:
- 始業から24時間以内に、連続9時間の休息時間を確保する
例:朝9時から深夜0時(15時間勤務)まで働いた場合、次の出勤は朝9時以降でなければなりません。 - 始業から46時間以内に、連続18時間の休息時間を確保する
例:朝9時から翌日13時(28時間勤務)まで働いた場合、次の出勤は翌々日の朝9時以降でなければなりません。
このように、朝9時から翌日17時までの32時間勤務といったケースは、ルール上できなくなったというわけです。
ではやむを得ない事情で規定のインターバル中に勤務が発生した場合はどうするか。
その場合「代償休息」の取得が義務づけられました。
この代償休息は、翌月末までに取得する必要があります。取得できない場合は、その勤務が時間外労働としてカウントされます。
勤務時間上限の管理にも影響を与える点に注意が必要です。
3. 具体的な労働時間とは?
医師も一般の労働者と同様、雇用契約書には勤務時間を含めた条件が明記されています。
とはいえ、実態としては契約通りにいかないケースも多いのが現状です。
では、実際にどこまでが「労働時間」にあたるのでしょうか?
ここでは、労働時間に関わる宿日直と自己研鑽について解説します。
3-1. 宿日直許可制度とは
病院には、昼夜を問わず医師が常駐している必要があります。
夜間に病院で待機する「宿直」、土日祝日に勤務する「日直」といった形で対応が行われています。
労働基準法上、これら宿日直業務は原則として時間外・休日労働時間に該当します。
しかし、勤務実態が「軽度かつ断続的」であり、緊急対応もまれな場合には、労働基準監督署から宿日直許可を受けることで、時間外・休日労働時間の算定対象外とすることが可能です。
例えば、「寝当直」と呼ばれる業務あります。これは、医師は病院に待機しているものの、実際の呼び出しは少なく、まとまった睡眠時間を確保できます。
こうした勤務をすべて労働時間としてカウントすると、時間外労働の上限(年960時間など)を簡単に超えてしまう恐れがあります。
そのため、「これは労働時間に含めなくてもよい」とする例外制度が設けられているのです。
もっとも、宿日直許可が下りるかどうかは、勤務実態によって左右されます。
頻繁な病棟回診や救急対応が発生するような状況では、許可が認められません。制度の適用には慎重な判断と申請が求められます。

寝当直だとしても、心身への負担がゼロになるわけではありません。
病院内での仮眠と自宅での休息は大きく異なり、完全な疲労回復は難しいです。
3-2. 自己研鑽とは
医師の働き方を語る上で、避けて通れないのが「自己研鑽」という存在です。
診療や手術などの明確な業務に加え、医師は日々、学会参加、論文執筆、文献の読解、専門知識のアップデートといった自己研鑽的な活動を求められています。
これらは医療の質や安全を高めるうえで非常に重要な行為です。職業的責任の一部とも言えるでしょう。
しかしその一方で、自己研鑽の中には、医師個人が自発的に行うものと、上司や組織の指示によって行うものの両方が存在します。
「学会の演題数が少ないから、次回の学会で発表をしなさい」といった指示は、現場では決して珍しくありません。
確かに、発表準備を通じて知識やスキルは向上します。
しかしそれが「自己研鑽なのか労働なのか」という点は曖昧です。
この問題に対して、厚生労働省のガイドラインは明確な見解を示しています。
自己研鑽は原則として労働時間には該当しない。
ただし、上司の明示または黙示の指示がある場合は、労働時間に該当する。
ここでいう「黙示の指示」とは、「口には出していないが、実質的にやるよう求められている状態」を指します。
たとえば、「上司が残っているから自分もやらなきゃ」「発表しないと評価が下がる」。このような暗黙の強制力が働く場合、労働時間としてカウントされる可能性があります。
しかし実際には、医師のキャリア形成において自己研鑽と業務の境界線は非常に曖昧です。
たとえば専門医の取得要件として、学会発表や論文作成が求められることがあります。
もしそれが上司の指示であれば労働時間に含めるべきかもしれません。しかし、結果的に自分のためになっているという事実も否定できません。
つまり、誰のための活動なのか、どこからが強制なのか。
この線引きは非常に繊細で、現場ごとに判断が分かれるのが実情です。
4. なぜ医師の働き方改革が医療経営士の試験で問われるか
「医師の働き方改革なんて、医師自身が理解していれば十分では?」
そう思う方もいるかもしれません。
しかし、医療現場の経営に関わる立場にある人間にとって、この改革の内容を正しく理解しておくことは非常に重要です。
その大きな理由の一つが、医師の人件費の増加が医療機関の経営に直接影響を与えるようになったという点にあります。
これまで、医師の残業に対して明確な労働時間の管理や残業代の支払いが行われていないことも少なくありませんでした。
それが今回の改革によって、一定の基準を超える勤務には残業代を支払う必要が出たのです。
この変化は、病院経営にとって大きなコスト構造の転換を意味します。
実際に、多くの医療機関ではこの人件費の増加を、赤字の要因の一つとして挙げています。
言い換えれば、今までの「残業しても残業代が出ない状態」が異常だったとも言えます。
そしてこれからの時代、医師の労務管理と人件費の適正化は、経営戦略上の重要課題となっていくでしょう。
そのため、医療経営士としては、働き方改革がどのような制度であり、病院経営にどんな影響を与えるのかを正しく理解しておくことが強く求められているのです。
5. まとめ|働き方改革を「現場」と「経営」の両面から考える
医師の働き方改革について、その制度の概要から、時間外労働の上限、勤務間インターバル・代償休息、そして自己研鑽との関係性までを見てきました。
これらの制度は単なるルール変更ではなく、医療現場の働き方と医療機関の経営に大きな影響を与える構造改革です。
特に医師の労働時間の上限管理や残業代の支払い義務は、これまで「無制限に働くことが前提」とされてきた医療現場の常識を大きく変えるものです。
これにより、医療の質や安全を守りながら、持続可能な働き方を模索する必要が生まれています。
一方で、自己研鑽や学会発表のように、労働と学びの境界線が曖昧な医師特有の働き方にも、より明確な認識が求められるようになりました。
制度を単に守るだけでなく、それを現場でどう活かすかが問われる時代です。
そしてこの改革は、医師自身だけでなく、医療機関を運営する側、すなわち医療経営士にとっても極めて重要なテーマです。
医師の働き方を見直すことは、単に現場の負担を軽減するためではなく、人材の確保、医療の質の維持、経営の安定性を支える鍵となるからです。
制度の本質を理解し、現場の実情と照らし合わせながら、医師・管理者・経営者が一体となって取り組んでいくことが、今後の医療を支える基盤になるでしょう。
Barger LK. Impact of work schedules of senior resident physicians on patient and resident physician safety: nationwide, prospective cohort study. BMJ Med. 2023 Mar 30;2(1):e000320.