吸気筋トレーニングの有効性について、前回は、水泳選手に対して解説致しました。

実は、この呼吸筋トレーニングは水泳だけでなく、他の競技でも効果が報告されています。
その一つが中長距離走です。
特に持久走は、呼吸筋の疲労がパフォーマンス低下の一因になります。
そこで今回は、ランナーに向けて吸気筋トレーニングの効果を詳しくご紹介します。
※吸気筋トレーニング(IMT・IMST)に関しての記事は以下をご参照ください
1. 走りと呼吸について
ランニングにおいて、呼吸はパフォーマンスに大きな影響を与える重要な要素です。
特にマラソンなどの持久系の競技では、呼吸筋の疲労が起こることで、呼吸が浅くなったり、酸素の取り込み効率が低下したりすることがあります。
呼吸筋が疲労すると、体は呼吸を優先するために、脚などの筋肉への血流を制限します。
これを“呼吸筋メタボリフレックス”といいます。
この反応によって、脚の筋持久力が低下し、ペースダウンにつながってしまうのです。

つまり、呼吸は単なる「息継ぎ」ではなく、長時間の運動を支える“鍵”のひとつ。
だからこそ、意図的に呼吸筋を鍛えることで、ランニングパフォーマンスの向上が期待できるのです。
2. ランニング×吸気筋トレーニングの科学的エビデンス
それでは、実際に吸気筋トレーニング(IMT/IMST)に関する研究をご紹介します。
① 800m走での効果
Changらの研究では、大学の800m陸上選手を対象に4週間のIMTを実施しました。
その結果、最大吸気圧(MIP)が有意に向上し、走行タイムは 平均6秒(約3.7%)短縮しました。
呼吸筋の強化がパフォーマンスの改善に効果的であることが示されました。
② ハーフマラソン以下のランナーに対する効果
Rożek-Piechuraらの研究では、10〜20km程度のレースに出場するアマチュア長距離ランナーを対象に、異なる強度のIMT(MIP 30%、50%、70%)を8週間実施しました。
その結果、高強度(MIPの70%)のグループで最も大きな効果が得られました。
具体的には最大酸素摂取量や呼吸機能の改善、乳酸蓄積の抑制がみられました。
この文献でのIMTは短時間・高負荷であり、IMSTと捉えていいと思います。
つまり 、IMSTは持久力パフォーマンス向上に有効であると示されました。
③ 吸気筋ウォームアップ(IMW)の効果
Inspiratory Muscle Warm-up (IMW)は直訳すると日本語で“吸気筋ウォームアップ”となります。
これは運動前のウォーミングアップに低負荷をIMTを取り入れて、事前に吸気筋を活性化させる方法です。
Barnesらの研究では、ランナーを対象にこのIMWの効果を検証しました。
3200m走の前に、MIPの40%で2セット30呼吸のウォームアップを実施。平均2.8%(約20秒)のタイム短縮が認められました。
これは運動前の吸気筋の活性化により、呼吸効率が高まり、持久走パフォーマンスが向上したと考えられています。
短時間でできる即効性の高いアプローチとして注目されています。
3. フルマラソンに対する吸気筋トレーニングの効果は?
私が調べた範囲では、フルマラソン選手を対象としたIMTの介入研究は見つかっていません。
しかし、上述したようにハーフマラソン以下のランナーでは確かな効果が報告されています。
長距離での呼吸筋疲労のメカニズムは基本的に共通であるため、フルマラソンでもパフォーマンス向上につながる可能性は十分にあると考えられます。
今後の研究に期待しつつ、試してみる価値は十分にあるでしょう。
4. まとめ
吸気筋トレーニングは、ランニングにおける呼吸筋の強化や持久力向上に有効であることが多くの研究で示されています。
特に、ハーフマラソン以下を走るランナーでは、呼吸筋の筋力アップがパフォーマンス改善につながることが明らかです。
また、IMWは、短時間で即効性のある効果を発揮し、レースパフォーマンスの向上に貢献します。
これらの方法を適切に取り入れることで、呼吸筋疲労を軽減し、安定した呼吸で効率よく走り続けることが可能になるでしょう。
呼吸筋トレーニングを取り入れて、ランニングの質を一段と高めてみてはいかがでしょうか。
- Chang Y-C. Effects of 4-Week Inspiratory Muscle Training on Sport Performance in College 800-Meter Track Runners. Medicina 2021; 57(1), 72.
- Rożek-Piechura K. Influence of Inspiratory Muscle Training of Various Intensities on the Physical Performance of Long-Distance Runners. J Hum Kinet 2020; 31:75:127-137.
- Kyle R Barnes. Inspiratory Muscle Warm-up Improves 3,200-m Running Performance in Distance Runners. J Strength Cond Res. 2021; 35(6):1739-1747.