「ポリファーマシー(polypharmacy)」という言葉を聞いたことはありますか?
私自身、研修医時代に同期がプロブレムリストに挙げていたのを見て、初めてその意味を理解しました。
直訳すると「多剤併用」。つまり、薬をたくさん服用している状態を指します。
ただし、医療現場で問題とされているのは、単に薬の数が多いというだけではありません。
複数の薬がかえって健康に害を及ぼすような状態――それがポリファーマシーです。
実は薬の数に明確な定義はありません
6剤以上の薬剤を併用すると有害事象のリスクが上がるとされます。
高齢化が進む日本では、複数の慢性疾患を抱える患者が増え、ポリファーマシーは日々の診療において避けて通れない課題となっています。

この記事ではポリファーマシーについて解説していきます
1. なぜポリファーマシーが起こるのか?
ポリファーマシーの背景には、複数の医療的・社会的要因が複雑に絡み合っています。
以下に代表的なものを挙げ、少し掘り下げてみましょう。
1-1. 多疾患・多科受診
高齢者では、高血圧・糖尿病・心疾患・認知症・骨粗鬆症など、複数の慢性疾患を抱えることが一般的です。
これにより、複数の診療科を並行して受診し、それぞれの医師が「自分の専門領域に必要な薬」を処方することで、結果として薬の総数が増えてしまいます。
特に、診療科間で薬剤情報が共有されていない場合、重複処方や相互作用のリスクが見落とされやすくなります。
1-2. ガイドライン準拠の結果
医療では、各疾患ごとに治療ガイドラインが整備され、それに沿って薬剤が選択されます。
しかし、複数のガイドラインを忠実に実行していくと、ひとりの患者に複数の治療が積み重なることになり、全体で見ると「多すぎる処方」になってしまうのです。
ここに医師側の「防衛的医療」や「一時的対応の積み重ね」が加わると、必要性の薄い薬が残存してしまうことも少なくありません。
1-3. 処方カスケード
薬の副作用が新たな症状と誤解され、さらなる薬が処方されるパターンがあります。
これが“処方カスケード”です。
例えば、私は呼吸器内科医ですが、降圧剤の一部に見られる空咳の副作用が「原因不明の咳」と誤認され、咳止めや吸入薬が追加されるケースを目にすることがあります。
このような連鎖により、薬剤数は増え、副作用のリスクも連鎖的に増大していきます。
1-4. 患者側の要因
また、問題は医療者側だけではありません。
患者自身によるセルフメディケーション(市販薬やサプリメントの常用)や、複数の病院やクリニックを同時に受診することも薬剤数の増加に寄与します。
特に「◯◯医院でもらった薬が効かなかったから他の病院で別の薬を…」といった“受診の重複”は、医師に全体像が見えにくくなります。
結果的にポリファーマシーに拍車をかける構造です。
2. ポリファーマシーのリスク
では、ポリファーマシーはどのような点で問題があるのでしょうか。
主に私は「薬剤の副作用と相互作用の増加」「服薬アドヒアランスの低下」「医療費の増大」の3点が大きなリスクだと考えています。
2-1. 薬剤の副作用と相互作用のリスク増加
薬が増えるほど、副作用のリスクは高まります。
これは単純な足し算ではなく、薬と薬の組み合わせによる相互作用により、予測しづらい有害事象が起こることもあるためです。
例えば、眠気やふらつき、便秘、認知機能低下などは、複数の薬の影響が重なって起きやすい症状です。
高齢者ではこうした影響が転倒や骨折といった重大な事故につながることもあります。
また、腎機能や肝機能の低下がある患者では、薬の代謝や排泄が遅れ、より強く副作用が出る可能性も高まります。
2-2. 服薬アドヒアランス(服薬遵守)の低下
薬が増えるほど、患者さん自身が薬の内容や意味を把握しにくくなり、飲み忘れや自己中断が起こりやすくなります。
これを「服薬アドヒアランス(またはコンプライアンス)の低下」と言います。
治療効果が十分に得られなくなるだけでなく、医師も治療の評価がしにくくなります。
さらに、服薬スケジュールが複雑になることで、「飲み間違い」「二重服用」「不要な継続」が発生しやすくなり、結果として薬害や無効な治療の温床になります。
2-3. 医療費の増加と社会的コスト
言うまでもなく、薬剤が増えればそれだけ医療費は増大します。
本人の自己負担も増える上、健康保険財政にも大きな影響を及ぼす構造的な問題です。
しかも副作用や相互作用によってさらに医療コストがかかってしまい、悪循環につながります。
このように、ポリファーマシーは患者個人のリスクを高めるだけでなく、医療システム全体にとっても無視できない課題です。
3. 医療DXでポリファーマシーを防ぐ未来へ
ポリファーマシーへの対応には、医師や薬剤師など医療者の連携だけでなく、テクノロジーの活用も鍵となります。
現在進行中の「医療DX(デジタルトランスフォーメーション)」は、こうした課題に大きな可能性をもたらします。

例えば…
- 電子処方データの共有 → 複数診療科や医療機関の処方情報を一元的に管理
- AIによる処方アラート → 重複処方や相互作用をリアルタイムに検出
- 電子的意思決定支援ツール → 包括的な薬剤レビューを自動で生成。医師の処方を支援し、不要な薬剤を減らす
これからの医療は、「見える化」された情報に基づくチーム医療と処方の最適化へと向かっています。
4. まとめ|ポリファーマシーは単なる薬の数だけではない
ポリファーマシーは、単なる「薬の数」の問題ではなく、医療の質と患者の生活の質に直結する課題です。
患者一人ひとりの状態に応じた処方の見直しを進めるためにも、医療者間の連携、患者との対話、そして医療DXの活用が不可欠です。
これからの時代、薬を「減らす」ことも医療の重要な選択肢です。